大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和37年(行)120号 判決 1963年3月27日

原告 亀川哲也

被告 総理府恩給局長

訴訟代理人 片山邦宏 外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告は、「昭和三四年一一月一三日付『恩給の受給権について』と題する書面をもつて、被告が原告の恩給請求を却下した処分を取り消す。仮りに、被告の右処分が、抗告訴訟の対象となる処分に該当しないとすれば、被告は、原告に対し原告が恩給を受ける権利を有する旨の裁定をしなければならない。」との判決を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三年三月一六日証書記号番号イ第四五四五八号による被告の裁定により、年額金四六〇円の普通恩給の支給を受けていたが、昭和一二年八月一四日東京陸軍軍法会議において陸軍刑法第二五条の罪により無期禁錮に処せられ、そのため右恩給権は消滅した。しかし、その後、昭和二〇年一〇月一七日施行の勅令第五七九号による大赦令によつて、原告は右罪につき大赦を受けたので、恩給の受給権は復活した。そこで、爾来原告は被告に恩給請求を続けてきたが、被告は昭和三四年一〇月一二日付恩私審議発第一三四号「恩給権の回復について」と題する書面等で、恩赦法(恩赦令)第一一条により大赦によつて恩給の受給権は復活しない旨原告に通知し、さらに、原告が昭和三三年一〇月二一日付「恩給請求書」をもつてした恩給の請求に対しても、被告は、昭和三四年一一月一三日付「恩給の受給権について」と題する書面で、同趣旨の理由で、これを却下する意思表示をした。

二、しかし、被告が原告の恩給請求を却下し、原告に対し恩給を受ける権利を有する旨の裁定をしないのは、次の理由で違法である。

被告は、原告が恩給の受給権を回復しない根拠として恩赦法(恩赦令)第一一条をあげるが、同法(同令)第三条によれば、大赦により有罪の言渡の効力はなくなるのであるから、大赦によつて恩給の受給権は当然復活するものと解すべきであり、同法(同令)第一一条は、かかる場合に、有罪の判決確定後大赦のときまでの恩給の受給権は回復しない趣旨を明らかにしたにとどまるのである。被告の主張するように、同法第一一条は、大赦によつても恩給の受給権が復活しない趣旨であるとすれば、右条項は、憲法第一三条、第二五条、第二九条等に違反するものといわなければならない。

よつて申立のとおりの判決を求める

被告の申立とその主張は別紙添付答弁書記載のとおりである。

(証拠省略)

理由

被告の本案前の主張に立ち入ることはしばらく置き、原告が主張するように、大赦により既に消滅した恩給権が復活するかどうかについて判断するに、原告が大赦を受けた昭和二〇年一〇月一七日当時施行されていた恩赦令第三条によれば、大赦の効力は、刑の言渡を受けた者についてその言渡の効力を将来に向けて失わせるものとされ、同令第一一条には大赦によつて刑の言渡に基づく既成の効果は変更しないと定められていたのであるから、大赦は、ただ将来に向つて刑の言渡を受けなかつた者と同一に取り扱われるという効力をもつだけで、刑の言渡によつて既に失われた権利を回復させるものではなく、従つて、原告が無期禁錮刑の言渡を受けたため消滅した恩給権が大赦によつて復活するいわれのないことは、明らかである。

なお、原告は、大赦によつて恩給権が復活しない趣旨を恩赦法(恩赦令)第一一条が定めているものとすれば、右条項は憲法に違反すると主張するが、恩赦の効力を如何なる限度に認めるかは、立法府の自由に委ねられたところと解すべきであるから、この点の原告の主張も採用できない。

してみると、原告の本訴請求がいずれも理由がないこと明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 濱秀和 町田顯)

(別紙)

答弁書

一、本案前の申立

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との裁判を求める。

理由

(一) 抗告訴訟の対象となる処分がない。

原告は、昭和三四年一一月一三日付の被告より原告に宛てた文書(甲第一号証)による処分の取消を求めているようである。ところで、右甲第一号証は、原告より被告に宛てた昭和三三年一〇月二一日付の恩給請求書と題する文書(乙第一号証)に対する回答である。右乙第一号証は、恩給給与規則第一条に規定する退職当時の本属庁を経由していない点及び同規則第二条に規定する添付書類を欠いている点並びに恩給給与細則第四条に規定する第一号書式に準じて作成されていない点等を綜合して考察するとき、恩給給与規則第一条にいう恩給請求書と取扱うことはできず、それは自分が恩給権利者であるから恩給を支払つて欲しい旨の単なる陳情書と解する他はない。従つて、甲第一号証はそのような陳情書に対する単なる回答書に過ぎず、それによつて何等法律上の効果を生ずるものではない。故に、甲第一号証によつては、抗告訴訟の対象となる処分は何等なされていないから、その取消を求める原告の本件訴は訴の対象を欠く不適法な訴として却下を免れない。

(二) 本件訴は出訴期間を徒過している。

仮りに、乙第一号証によつて原告が恩給裁定の請求をなしたもので、これに対し被告が甲第一号証によつて恩給請求を却下する旨の処分をなしたものと解しても、その処分に対しては適法な裁決の具申、訴願を経ていないので本件訴は不適法である。また仮りに、何等かの事情により裁決の具申、訴願を経ないことについて正当な事由があつたとしても、甲第一号証は昭和三四年一一月一三日頃原告に送達されている(このことは原告も争わないところである)ので、本件訴が提起された昭和三七年一一月八日には既に出訴期間の六箇月が経過していることは明白である。従つて本件訴は出訴期間を徒過した不適法な訴といわねばならない。

以上、いずれにしても本件訴は不適法であるから却下を免れない。

二、本案に対する答弁

(一) 請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との裁判を求める。

(二) 請求の原因に対する答弁

原告が、昭和三年三月一六日に証書記号番号イ第四五四五八号による被告の裁定により年額金四六〇円の普通恩給の支払を受けていたこと、昭和一二年八月一四日東京陸軍軍法会議において陸軍刑法第二五条の罪により無期禁錮に処せられ、そのため右恩給権が消滅したこと、昭和二〇年一〇月一七日施行の勅令第五七九号による大赦令によつて原告の右罪が赦免されたこと、被告が昭和三四年二月三日に原告に対し私受第一一九五号の文書を発したこと、原告が内閣総理大臣宛に昭和三四年七月二日付で恩給訴願に関する件と題した文書(乙第二号証)を、また同年九月一四日付恩給訴願督促に関する件と題した文書(乙第三号証)を各々提出したこと、それに対し被告が原告に対し昭和三四年一〇月一二日に恩私審議発第一三四号の文書(甲第二号証)を発したこと、原告が昭和三三年一〇月二一日付で被告宛に恩給請求書と題する書面(乙第一号証)を提出したこと、それに対し被告が昭和三四年一一月一三日に恩私一発第二七五五号の文書(甲第一号証)を発したこと、以上のことはいずれもこれを認めるが、その余の原告の主張は争う。

三、被告の主張

原告の主張を要約すれば、大赦を受けたことによりその効果として一旦既に消滅していた恩給権が当然に復活したので、原告は恩給権を有しているというにあるようである。けれども、大赦というものは、刑の言渡を受けた者については其の言渡の効力を将来に向つて失わしめるものであり(原告が大赦を受けた昭和二〇年一〇月一七日当時施行されていた恩赦令第三条参照)、また刑の言渡に基く既成の効果を変更するものではない(恩赦令第一一条参照)。そして、前記のとおり原告が無期禁錮に処せられたためその恩給権が消滅したことは、恩赦令第一一条にいう刑の言渡に基く既成の効果であることは明白である。従つて、大赦があつても、既に一旦消滅した恩給権が当然に復活するものではなく、原告の主張は失当である。(最高裁判所昭和三七年二月二日判決民集一六巻二号三六頁・行政裁判所昭和六年第三〇七号事件、昭和七年二月二日宣告、行政裁判所判決録第四三輯上一六頁参照)また、このことは恩給法の規定のうえからも明らかである。即ち、昭和三七年法律第一一四号により新たに追加された恩給法附則(昭和二八年法律第一五五号)第四三条の規定によれば、禁錮以上の刑に処せられ恩給法第九条の規定により年金たる恩給を受ける権利を失つた者のうち、その処せられた刑が三年以下の懲役又は禁錮の刑であつた者に限り、恩赦法(令)の規定により刑の言渡しの効力が失つたものとされた場合には昭和三七年一〇月一日以降一旦失つた恩給を受ける権利を再び取得する、とされている。この規定は、大赦によつては既に消滅した権利が当然に復活するものではないことを前提とするとともに、原告のように無期禁錮に処せられ、且つ大赦により刑の言渡しの効力が失われたものとされた者は、昭和三七年一〇月一日以降においても恩給権が復活するものでないことを明かにしている。

以上の次第で、原告は何等恩給権を有するものではないから、甲第一号証により被告が恩給請求を却下する処分をしたものと解しても、その処分には何等違法な点はなく、又、本訴により恩給支給の裁定を求めるものとしても理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例